ヨーロッパでは、コロナは完全に過去のものとなりつつあるように感じます。INSEE(フランス国立統計経済研究所)の速報によると、オミクロンが吹き荒れる直前の2021年第四半期の国内スキー場への旅行客数(フランス国内居住者のみ)は、コロナ前の2019年と比べて17.8%も増加したというのです。我が家も、先週(2月中旬)、アルプスのスキー場に一週間滞在していましたが、ホテルや山小屋タイプのシャレー等の宿泊施設はどこも予約満杯でいっぱいで、コロナ前以上の混雑ぶりでした。
弊社では、東京都や京都市のフランス観光レップをさせて頂いていますが、観光エージェントやジャーナリストからも、日本政府はいつになったら観光目的の訪日外国客を受け入れるのかという問い合わせが後を絶ちません。恐らく、これまでの厳しい水際対策が緩和されて観光目的の渡航が許された瞬間に、予約が殺到することでしょう。
海外の人々の日本に対する憧れは非常に高く、Forbes JAPANの記事によると、日本政策投資銀行と日本交通公社が共同実施した「アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査」(2020年12月1日〜12日)によると、次に訪れたい海外の国・地域は、アジア・欧米豪ともに日本がトップだったとのことです。若干バイアスがあるように見られるかもしれないので、フランスの記事(2021年10月28日)も紹介すると、フランス人が2022年の旅行のために検索した目的地のなんと第8位に「東京」が入っているとのことです。コロナ規制のかからない、フランス領であるカリブ海の島々や観光客の入国解禁を発表した米国のニューヨーク、カナダのモントリオールやタイのバンコクが上位に入っているのは当然ですが、全く水際規制の緩和が見えない日本がトップ10に入っているということは驚きでした。
そうした世界の人々が憧れる日本ですが、依然として、日本の観光庁やJNTOの他、国内の各都市や観光業界はまだまだ成長余地があるインバウンド観光の拡大に向けて様々なプロモーションを推進しています。これだけ世界の人々が日本に行きたいと言っているのだから、もはやプロモーションに無駄な税金をかけなくてもよいと思うのが普通の感覚ですが、なぜなのでしょう。それは後述しますが、日本が世界の真の富裕層、つまり上客を獲得し切れていないからの1点に尽きます。コロナ前には、東京や京都、大阪などの主要な都市では、外国人によるオーバーツーリズムなども問題になっていました。量より質を追求・実現することが求められているのです。
ようやく水際対策が緩和に向かい、これから日本の産官が再び注力すべき訪日観光プロモーションのあり方について、私たちの考察を述べたいと思います。
1. 日本ファン・親日派向けのプロモーションは不要
今でも海外でよく見られる訪日プロモーションには、はっぴを着て日本酒や寿司をふるまう、茶道や華道や陶芸を体験させる等のベタなイベントがありますが、正直に申し上げて無意味です。まず、こうしたイベントに喜んで集まってくる人々は既に日本ファンや親日派なので、こちらからわざわざ誘わなくても我先にと日本行きのチケットを買ってくれるでしょう。逆に日本に関心や興味がない人は、日本酒や寿司をアピールされたところで数十万円もかけて日本旅行をしようとは思わないはずです。
2. 狙うべきは、真の富裕層の「グローバル・カレンダー」
日本が十分に出来ていないターゲット顧客は、真の富裕層(≒ 知的文化人、いわゆる「成金」富裕層と区別。)です。彼らは年間を通じて、季節やイベントごとに世界中のブランドとなっている一流の都市やリゾート地を回遊します。往々にして、年間の行動スケジュールが既に出来上がってしまっているので、新たな観光先に行ってみようとする動機や隙間が非常に少ないのです。そこに日本をどのようにねじ込むか、それこそ、日本のインバウンド観光に携わる人々がお互いに知恵と工夫を出し合ってチャレンジしていかなければならないところです。
3.「相手の土俵」でこそ、日本の感性や価値を光らせる
富裕層の中にも、日本ファン・親日派はいます。彼らは既に訪日旅行を彼らのグローバル・カレンダーに組み込んでいるし、彼らが口コミで富裕層の友人に日本旅行を進めてくれるでしょう。それでは、日本を気にしていない富裕層を惹きつけるためには、どうしたらよいのでしょう?「相手の土俵」で日本の感性や価値を示すことです。古くは印象派に影響を与えた北斎や広重、ファッションの世界で活躍したKENZOやISSEI、前衛芸術家の草間彌生、新しい感性と自由な創造力で世界の注目を浴びる現代建築家たち、本場フレンチの食を席捲する新鋭の日本人シェフたち、彼らは「相手の土俵」で注目されることで、海外とくに欧州の富裕層たちの目を日本に向けさせてきました。
そして、私たちが今注目しているのは、クラシックを始めとする舞台演劇です。2021年には世界的に有名なショパン国際ピアノコンクールで、2名の日本人が入賞したのは記憶に新しいでしょう。ロンドンを拠点とする国際的な音楽メディア「Bachtrack」の記事にもあるとおり、東京は、演者、観客、教育、文化、そしてビジネスとしても世界でトップクラスの舞台芸術都市であることは、まだ世界に知られていません。
本場の方が良いはずという先入観もありチャレンジは大きいですが、真の富裕層を惹きつけるためにはエキゾティックさでなく、そうしたオーセンティックな領域でこそ日本ならではの感性や価値を訴求していくことが必要なのです。
4. 売り込み過ぎないことも大切
時々、訪日プロモーションに違和感を感じるのは、売り込み過ぎではないかということです。明らかにフィルターや修正をかけてフォトジェニックな画像や映像を流したり、日本の体験やコンテンツに美辞麗句を並び立てるのは、そもそも日本人の美観にそぐわない気もしますが、ターゲットとすべき真の富裕層には逆効果でしょう。日本以外にも世界遺産のような素晴らしい場所はいくらでもあり、財力のある彼らは容易に行けるからです。日本の魅力は、「売り込み」では伝わらない人々の生き方だったり精神文化だったり社会のあり方であり、景色や体験などの観光コンテンツはそうした奥深い価値の発露でしかないのです。即ち、そうしたコンテンツを売り込めば売り込むほど嘘っぽくなる/安っぽくなるという側面があることをインバウンド観光に携わる私たちは理解しなければなりません。極力ベタさを排除し、さりげなく相手の気をひくスマートなプロモーションを追求したいところです。
5. 究極は、「日本に住みたい」と思わせること
最後に、パリやロンドン、ニューヨークなど、世界でもブランド力を有する都市や観光地は、総じて世界の富裕層や知的文化人たちがセカンドハウスを所有したいと願い、実際にそうしている場所です。言語や規制、手続きの煩雑さもあるのかも知れませんが、日本の都市や地域はポテンシャルが大きいのに、まだそれらのレベルに達していません。それどころか、日本人の中には、観光には来て欲しいけど住み着いて欲しくはないと考えている人も多いかも知れません。そうした感覚では、真の富裕層を惹きつけることはできません。実際、ブランド都市や観光地では観光客向けの不動産エージェントが多数存在しますが、「観光案内ついでに、別荘物件をご紹介してしまおう」ぐらいのスタンスを考えるとちょうど良いかも知れません。