このインサイトについて、さらに詳しく動画で解説しています(8:04)音声:日本語
世界各地でインフレが進行し、物価上昇率は中央銀行の想定値を超える現象がおきています。2021年10月のCore CPI(食品と燃料を除いた消費者物価指数)を前年同月比で比較すると、北米では4.6%(CPIにおいては6.2%)上昇し、過去30年間での最高水準となり、イギリスでは3.4%、ドイツでは2.9%上昇しました。しかし、日本におけるCore CPIは0.3%下落しています。
視点をCore PPI(食品と燃料を除いた生産者物価指数)に向けると、2021年10月の前年同月比で、北米は6.76%(PPIにおいては8.62%)、イギリスは6.5%、ドイツは9.2%上昇し、日本においても7.9%上昇しています。従って、企業にとってのコスト増においては、日本も世界のトレンドと同様です。この状況に関して、FRB (Federal Reserve Bank。連邦準備銀行)は、北米におけるCore PPI上昇は主に「サプライチェーン問題」と「労働問題」に起因し、今の高インフレは一時的なものであり、2022年は収束する方向に進むと見ています。
1. サプライチェーンの問題
需要増と人手不足で中国発北米向けのコンテナ輸送費はコロナ前の6倍以上に急騰。北米の海運輸送のおよそ4割を担うロサンゼルス港とロングビーチ港の沖合には、今でも50隻以上のコンテナ船が入港できず停泊し、陸揚げ後もトラックや鉄道の輸送能力の逼迫で港での多大な保管料が発生。その結果、合計輸送料がコロナ前の10倍に達している企業もある
2. 労働問題
コロナ禍で何千万人ものアメリカ人が職を失い(あるいは自発的に離職し)、その結果、生産物の量が大幅に減少。失業者の生活は失業保険や政府の不給金などの経済刺激策によって支えられたが、企業は今でも需要を満たすだけの労働者を雇うことに苦労している
また、北米市場でのインフレはほんの数品目の物価上昇により促進されていて、その異常値が収まれば、インフレが鈍化するという指摘もあります。
しかし、いくつかの北米大手企業はこの状況をチャンスと見なし、一気に値上げに踏み切り、収益向上を実現しています。小売大手のWalmart、消費財大手のUnileverやP&G、飲料大手のCoca ColaやPepsiCoは価格上昇による利益改善を報告しています。北米市場においては、ここ数十年で各市場における企業整理が進み、勝ち残り企業における競争相手の数が減り、企業の価格決定力が高まっています。「消費者が購買力を失っていく中で、企業はこの一時的な高インフレを口実に価格を上げてより大きな利益を得ようとしている」と批判する経済専門家も少なくありません。
その反面、日本においては、企業物価が上昇してもそれが最終商品価格に転化されないという消費者物価への強い粘着性は世界市場では特異で、欧米市場では見られません。これは、同業種における競合相手の数が欧米に比べ比較的多いこともありますが、仕入れコストがアップしても価格を上げずに辛抱して頑張る企業を美談の様に取り上げるメディアの報道や、高付加価値サービスの対価への姿勢が日本のこの流れを助長しているのではないでしょうか。
以下、EISの考察です。
- 一部の北米大手企業の様に、口実を見つけて一気に価格変更に取り組む乱暴な経営に対しては大いに疑問を抱くが、同時に全てを経営努力で耐えることで対処してグローバル市場から取り残されていく日本企業の対応も正しいとは考えない
- グローバル市場とのバランスをある程度保たないと、企業経営者は高まるコストを販売価格に転化できず、労働者の賃金アップもされず、欧米と日本との賃金格差はどんどん広がっていくことになる
- 組織のリーダーには、グローバル市場における消費者動向、価格変動、(仮想)競合相手の経営戦略にしっかりとアンテナを立てて、事実に基づいた舵取りが求められている
- 今、まさにグローバル視点に立った良識経営が問われている
参考文献