2017年にスタートしたスウェーデン発の保険テック企業、Hedvig。現在は北欧を中心にスウェーデン、ノルウェー、デンマークの顧客に住宅保険と傷害保険を提供しており、EUキャリアライセンスを取得次第、2022年には西ヨーロッパにも進出予定だ。
「煩雑な手続きを撤廃し、保険金請求と虚偽申告に関するトラブルを無くすこと」を目標に掲げ、保険加入と保険金請求のプロセスの抜本的な簡潔化に取り組んでいる。初めて保険に加入する若い社会人を中心に10万人以上の会員を抱えるまでに成長し、すでに4回の資金調達で総額6,800万ドルの投資を受けている最先端の保険テックHedvigの秘訣に迫る。
財・サービスの優位性
透明性の高いビジネスモデルで、保険のカスタマーサービスに対する不信感を払拭
Hedvigのビジネスモデルは非常にシンプルで明快で、顧客から支払われる保険料のうち、25%はHedvigの手数料に、75%はリスクプールに充当することとしている。このリスクプールのうち保険金請求の支払い等が済んだ後に残った金額は、年度末にチャリティーとして寄付することも定めている。このように保険金請求の合計金額の多寡とHedvigの利益は無関係であるという透明性の高いビジネスモデルによって、顧客が既存の保険会社に抱く不信感の払拭に成功してきた。
それだけでなく、従来の保険会社は高い保険料を正当化するためにリスクを強調した宣伝をしているが、Hedvigはリスクを取って大胆に行動することを顧客に奨励し、保険というサービスを宣伝しているのだ。Hedvigは、従来の保険のカスタマーサービスは不信感があるという認識を、自分の背中を押してくれる信頼できるカスタマーサービスが提供されるという認識に変えた。これが、本当の保険のあるべき姿と言える。
並外れたUXを追求したカスタマーサービス
保険業界はこの数十年全く進化していない上、顧客にとってブラックボックスのままであり、これまで保険金請求にかかる面倒な書類や長いプロセスは顧客を悩ませ続けてきた。完全にデジタル化された保険サービスを提供する”Neo Insurance”という新しいカテゴリーも生まれたが、実店舗からオンライン販売にすることで流通コストを削減した以外には、従来のビジネスモデルをほとんど変えていない。
しかしHedvigは、顧客にとって悩みの種だった煩雑な保険請求プロセスにおいても、素晴らしいユーザーエクスペリエンスを実現している。顧客は、フォームに記入したり電話をして長時間待たされる必要はない。必要な時に担当者にチャットすれば、たった平均2.7分で対応してもらえるという非常に迅速なカスタマーサービスを提供しているのだ。 さらにHedvigはカスタマーサービスのslackチャンネルを世界に公開し、潜在顧客や投資家に対して顧客のリアルな評価を開示した。このようなフィードバックを公に、しかもリアルタイムで公開できるほどカスタマーサービスが優れている企業は、他には存在しないだろう。
顧客獲得・マネタイズ
圧倒的なカスタマーサービス実現の結果、口コミで新規顧客の獲得に成功
ネットプロモータースコアは業界最高を維持し、85%の顧客がHedvigでの顧客体験を「素晴らしい」と評価している。よくアメリカのLemonadeと比較されるが、Hedvigは顧客満足度、特に保険金請求から受け取りまでのシンプルなスキームが評価され、Lemonadeの信頼度評価は4.1であるのに対し、Hedvigは4.9とほぼ満点である。
優れたカスタマーサービスと保険金請求スキームが功を奏し、Hedvigの成長の40%以上は広告投資起因ではなくオーガニックグロースだと言われている。Hedvigの成長に大きく寄与しているのは口コミで、業界最安水準の顧客獲得コストを実現していると推察される。このように「家庭・生活関連」保険で市場からの信頼を築いたHedvigは、今後保険の品揃えを拡充させる形での事業規模拡大が見込まれる。
キーパーソン
他業界出身の共同創業者だからこそ、業界の常識に囚われないカスタマーセントリックなビジネスを実現
共同創業者でありCEOであるLucas Carlsénは、スウェーデンの通信会社Ericssonと米コンサルティング会社McKinseyに勤務した後、Hedvigを立ち上げた。立ち上げのきっかけは保険業界のプロジェクトを経験する中で、保険加入者が保険金請求に苦労する構造になっているという現状に課題を感じたことだ。透明性の高いビジネスモデルと並外れたUXを追求したカスタマーサービスの背景には、Lucas氏の強い思いがあった。
もう一人の共同創業者でCTOのJohn Ardeliusは、コンピュータサイエンスのPhDを取得後、音楽系のSNSアプリであるSingBoxを設立し、UI/UXの専門知識を身につけた。その後McKinseyでLucas Carlsénと出会い、保険会社のDXプロジェクトに携わった。彼は、コンシューマ向けアプリ制作の経験から、従来の保険業界のUXを度外視し、真に利用者にとって使いやすい優れたUXの設計を追求した。
二人とも外部の人間として保険業界のプロジェクトに携わったからこそ、業界の課題を把握しつつも業界の常識に囚われないカスタマーセントリックなビジネスを作り上げることができた。
ディフェンサビリティ
「顧客第一主義」と「共感を生むユーザーエクスペリエンス」の徹底
Hedvigの大きな強みの一つは、機械学習(ML)とAIを活用して、保険金請求管理システムとリスク算定プロセスを継続的に改善しているという技術面である。具体的には、ML/AIアルゴリズムが、新しい顧客が増える度に追加されるデータを通じて、保険金請求管理システムをより合理的で無駄のないものにしていく。リスク算定プロセスも同様に、従来の数学的モデルではなく、ML/AIをベースにした刷新が行われている。
そして何よりも、Hedvigが理念として掲げてきた「顧客第一主義」と「共感を生むユーザーエクスペリエンス」こそ、他社にとって真似するのが最も困難な資産であり、顧客獲得において決定的な競争優位をもたらしていると言えるだろう。こうした顧客中心の価値観は養うことが最も困難な資産でもあるので、この価値観が希薄にならないよう、組織が成熟する前に企業全体に浸透する企業理念が必要なのだ。よってHedvigは、この企業理念を持続的に発展させるために、立ち上げ初期はまずスウェーデン、次にノルウェーで慎重にサービスを展開し、急激な拡大を控えていた。
この深く根付いた有言実行の価値観と適切な技術の応用により、Hedvigは他の同業者よりも20%安い価格設定でありながら、より優れたサービスを提供し、より低コストで顧客ベースを拡大することを可能にしている。
ゲームチェンジャー
現在のポジションを築き上げた注目すべきポイント
- 保険料のうちHedvigの収益となるのは25%のみと決まっているため、Hedvigに請求された保険金の多寡とHedvigの利益は無関係であるという透明性の高いビジネスモデルは、従来のブラックボックスな保険に辟易としていた顧客を魅了することに成功した。
- 加えて、SNSアプリ開発経験のあるCTOが築くスムーズなUXと、迅速で顧客に寄り添ったカスタマーサポートにより、市場からは業界内最高水準の評価を得ており、顧客獲得に大きく貢献している。
- Hedvigの保険は、マーケティングの仕方から保険金請求のスキームまで、プロダクト全体が従来の保険とは大きく異なる。創業者の二人が外部の立場で保険に触れ、一人のユーザーとして感じた違和感にそのまま取り組んだことが斬新さの源泉と考えられる。
- 真のイノベーションは、現状に真摯に挑戦することから生まれる。「保険には情報の非対称性は不要だ」という新しいパラダイムを創造したHedvigに、保険料の透明性もなく、UXも劣った既存の保険が今後太刀打ちすることは難しいだろう。