2023年3月、テスラがメキシコ北東部ヌエボ・レオン州の州都モンテレイ(Monterrey)近郊に、同社にとって世界で7番目(アメリカ国外では上海、ベルリンに続き3番目)となる工場の建設を発表しました。州政府関係者によると同プロジェクトの投資額は総額50~100億ドル(6,500億円〜1兆3,000億円)にものぼり、2024年には生産を開始する予定です。
テスラがモンテレイ工場建設を決めた最大の理由は2020年7月に発効したUSMCA(US-Mexico-Canada Agreement)です。この米墨加3カ国によるFTA(自由貿易協定)の恩恵を最大化するために、アメリカに隣接するヌエボ・レオン州に工場を建設したのです。
モンテレイの地理的優位性
モンテレイのあるヌエボ・レオン州はテキサス州と陸路で接しており、同州を縦断する高速85号線はテキサス州、そしてアメリカを縦に貫く高速道路Interstate35号線に直結しています。この高速道路を使うことで、テスラがギガファクトリーを構えるテキサス州オースティンとモンテレイは距離にして600km、時間にして7時間で移動することができます。
今回のテスラのモンテレイ工場建設の動きに先駆けて、ヌエボ・レオン州では昨年から続々と同社のサプライヤーが工場設立を始めています。テスラ向けのチップを生産しているQuanta Computerは昨年1.3億ドルを投じて、上海、台湾からモンテレイ近郊のガルシアに工場を移管しました。今や、モンテレイとオースティンを結ぶルートはEV街道と呼ぶにふさわしい賑わいを見せているのです。
貿易巧者メキシコの強かな戦略
上記EV街道の例を筆頭に、今メキシコの貿易巧者ぶりに改めて注目が集まっています。メキシコは世界44カ国とFTAを締結し、国際貿易を国の柱に掲げています。特に1994年のNAFTA(USMCAの前身となる北米自由貿易協定)発効後は世界中の自動車メーカーが同国に進出し、アメリカへの自動車輸出産業が大きく成長しました。現在でもアメリカが最大の貿易相手国で輸出は8割がアメリカ向けを占めますが、輸入ではアメリカに加えて中国、日本、韓国、ドイツなど自動車産業の盛んな国が上位を形成しています。
メキシコは国際貿易のさらなる拡大を目指し、近年さまざまな改革を進めてきました。特にEV街道における米墨国境の街ヌエボ・ラレドはその中心地となっています。2021年6月にはProject of Customs Technology Integration(通称PITA)と呼ばれるアメリカ・メキシコ間の陸路通関システムの完全デジタル化プロジェクトの運用を開始しました。これは通関に必要な全書類をデジタル化するとともに、RFIDとQRコードで国境手続きも高速化する取り組みで、ヌエボ・ラレド税関が2021年6月21日に輸入用6モジュール、輸出用3モジュールのPITAを導入し運用を開始しました。そして、2022年7月にはヌエボ・ラレドの税関レーンに突如テスラ専用レーンが登場し人々を驚かせました。これはメキシコ側にある同社のサプライヤーがスピーディーにオースティンのギガファクトリーに部品を納品できるように、政府が特別に設けた専用レーンです。政府関係者はこのような措置はテスラに限らず、今後同税関を利用するさまざまな企業に適用される可能性があると言っています。これらの取り組みにより、2国間の陸路通関プロセスは劇的に速まり、来るEV大動脈化に備えているのです。
以下、EISの考察です
- EV街道の発展に伴いアメリカ、メキシコのものづくり、サプライチェーンの重心がヌエボ・ラレド=テキサスエリアに移っていく。自動車産業という最大のものづくり産業の地殻変動は他の産業にも影響を及ぼすため、さまざまな企業にとって将来的なサプライチェーンや物流の見直しに繋がる可能性がある
- メキシコの推し進める通関のデジタライゼーションなどの改革は、国際貿易を一気に効率化する一方、既存の物流やSCMの仕組みでは対応が困難になるケースも。各企業は自社のオペレーションをデジタル化・効率化する良いきっかけとして捉え、先手を打つことで競争力確保に繋がる