4月18日、アメリカの国税庁にあたるInternal Revenue Serviceは2023年以降の連邦EV税額控除の対象車種を発表しました。これは、対象となるEVを新車で購入した人に最大7,500ドル(約100万円)の税金控除を与えるという環境対応車の普及促進政策ですが、驚きを与えたのはその対象車種の少なさと対象となった企業でした。満額の7,500ドル控除の対象となったのはわずか11車種で、その製造メーカーはGM、フォード、クライスラー、テスラと、全てアメリカのメーカー(クライスラーは欧州のステランティス傘下だが、本部はミシガン州所在)でした。
逆に今回控除の対象から外れたのはBMW、フォルクスワーゲン、アウディ、ボルボ、日産といった日欧の主要自動車メーカーばかりでした。これらの企業が外れたのは、アメリカ政府が対象車種に求めた条件である「米国で製造」および「米国製バッテリーの搭載」が大きく起因しています。米国製バッテリーは正確には細かい条件が年ごとに定められているのですが、簡単に説明するとアメリカおよび親米国の原材料(リチウムなど)を使用し、アメリカで製造されたバッテリーを搭載した車のみを認める方針です。
上記の連邦税控除は昨年8月に成立したインフレ抑制法(通称IRA法)に基づく政策ですが、アメリカは他にもEV(自動車)を軸にした動きがあります。USMCA(US-Mexico-Canada Agreement)はNAFTA(北米自由貿易協定)の後継として2020年7月に発効しましたが、この新しい米墨加3カ国協定は自動車の関税免除の主な条件として①全製造コストの75%以上域内調達、②バッテリーやエンジンなど主要部品の100%域内調達、③原料となる鉄鋼、アルミの70%域内調達を課しています。これにより、メキシコに進出している自動車メーカーは原材料や部品の調達先の切り替えを迫られています。
もうひとつの大きなテーマが半導体です。2022年8月にCHIPS法が成立しました。これは、各企業によるアメリカ国内への半導体製造工場などの投資に対し、総額500億ドル(約6.5兆円)の補助金を交付するという政策です。日本でも昨年台湾のTSMCが熊本に建設する新工場に対して5,000億円の支援を行うというニュースが注目を集めていましたが、CHIPS法の補助金はその10倍以上です。この巨額の補助金を目当てに、すでにTSMC、Intel、Micron Technology、Texas Instrumentsなどの主要半導体企業が新規投資を発表しており、新規の投資案件は全部で50件に上るとみられています。なお、この補助金プログラムの注目すべきは「補助金を受けた企業が、今後10年間にわたり中国に対して半導体製造施設の拡張などを実施しないことに合意する」という点です。
これらの政策を推し進める民主党の発表によると2月末時点で、IRA法とCHIPS法による米国内製造業への新規投資額は2,010億ドル(約36兆円)にも上ります。USMCAの影響も加えれば、今後ますます多くのEV、半導体関連の投資がアメリカおよび隣国に集まると予想されます。
これらアメリカによる保護貿易およびそれに伴う経済のブロック化を強力に推し進める政策については、国内や周辺国の間でも賛否両論渦巻いています。アメリカ国内での雇用増加を期待する層からは支持の声が聞かれますが、自動車業界や半導体業界は行き過ぎた規制はむしろ市場の成長を妨げたり、サプライチェーンの大幅な見直しや他地域との二重投資、他国との関係性悪化に対する懸念も出ており、今後アメリカ政府が強行路線を継続し続けるかに注目が集まっています。
以下、EISの考察です。
- EVや半導体といった先端技術の分野において、アメリカと中国の分断は一層激しくなる。その際に日本や欧州などこれまで両者の間で上手くバランスをとっていた国々および企業にとっては難しい舵取りを迫られる。いずれにせよ経済のブロック化の加速は避けられないため、サプライチェーンの見直しや、複数ソースからの調達などリスクを分散する取り組みやそれらの活動を支援するサービス、ソリューションに注目
- 世界恐慌時に各国が採ったブロック経済政策は結果として不況からの回復を遅らせてしまうばかりか、第二次世界大戦の遠因にもなってしまった。現在起きている経済戦争はEVや半導体のみならず、SNS(米中両国による相手国発SNSの規制)やAI(欧州各国によるChatGPTの規制検討)など幅広い分野に及んでおり、経済への悪影響が懸念される。各国政府のチキンレース的様相も呈してきており、自社がどのような産業に従事していても、今後の動きには注意を払うべき