このインサイトについて、さらに詳しく動画で解説しています(11:34)
今年2月15日にIntelの8代目CEOに就任したパット・ゲルシンガー氏が「Intel Unleashed: Engineering the Future」(3月23日実施。Intelの今後の戦略を説明するウェブキャスト)、および8月29日に放送された米国で最も人気のあるドキュメンタリーテレビ番組「60 Minutes」で発表した内容が、世界半導体産業で大きな反響を呼んでいます。ゲルシンガーCEOは、半導体生産のアジアへの依存度を引き下げて米国での生産施設の拡充を実現することが顧客の利益と各国の安保につながると強調し、「ファウンドリー(半導体受託生産)市場への進出をするためにアリゾナ州での工場建設に200億ドルの投資」を発表し、その直後に台湾TSMCは今後3年間で1,000億ドル、韓国Samsungは2030年までに1,160億ドルの投資を行うと発表しました。
「21世紀の石油」と呼ばれる半導体に関して、アジアから半導体生産ノウハウと技術を米国に引き戻すための覇権戦争の火蓋が切られました。米国における半導体産業の現状とゲルシンガーCEOが発表した内容は、以下の通りです。
- 2003年時点、世界で25社存在した最先端の半導体製造企業は、現在はTSMC、Samsung、Intelの3社に統合された。半導体製造施設においては、アジア80%、米国15%、欧州5%の割合
- そのきっかけとなったのは2005年、PCからスマートフォンへの需要変動を見誤った当時のIntel経営陣がApple社スティーブ・ジョブズCEOからの提案を断ったこと。その結果、Appleが強要する無理難題のiPhone製品仕様に食らい付いていったTSMCの技術力が高まり、NVIDIAやQualcommなどのファブレス企業からの受注を得ることに至った
- 危機意識が高まったIntelは米国内での半導体製造復活の必要性を米国政府に訴え、ホワイトハウスはバイデン大統領のインフラ計画の一環として米国の半導体産業に500億ドルの支援を提案している
- ただし、今のIntelにはAppleなどが必要とする最先端の半導体を製造するノウハウがなく、TSMCはIntelよりも30%高速で高性能な半導体を製造しているのが現状
- ゲルシンガーCEOは、TSMCとの差を2年で縮めるために、今までの研究開発費よりも自社株買いに使うコストがはるかに多い資金の使途を見直し、「アメリカで始まったイノベーションをアメリカに戻す」というスローガンの下、米国半導体業界関係者からの協力を得ることを目指している
その一方、TSMCにおいては、中国の習近平国家主席が、かねてより脅していた台湾奪取の動きを強めていることがリスクとしてあります。中国は自国で高度な半導体産業を育成しようとして失敗した上、昨年、米国政府は、半導体メーカーが中国に特定の半導体を輸出することを制限しました。ゲルシンガーCEOは、60 Minutesのインタビューで、「米中の貿易戦争の激化が裏目に出て、半導体の様な重要な部品の供給が原因で国や企業の運営ができなくなれば、人によっては極端な姿勢を取る可能性がある。その最も極端な例は、中国が台湾に侵攻し、その過程でTSMCを手中に収めること。そうなると、30年前にイラク人からクウェートを守ったように、アメリカは台湾を守らなければならなくなるかもしれない。昔は石油で、今はチップ(半導体)だ」と話しています。
台湾の半導体産業は、同国では「Silicon Shield(シリコンの盾)」と呼ばれています。60 MinutesはTSMCのマーク・リュー会長へのインタビューも行い、「台湾の半導体産業がSilicon Shieldと呼ばれるのは、世界中が台湾のハイテク産業のサポートを必要としているからです。ですから、この地域で戦争が起こることは、世界のすべての国の利益に反するため、絶対に許されないのです」というコメントを得ています。
以下、EISの考察です
- 半導体覇権争いをきっかけに、米国での基幹産業における人材、ノウハウ、技術力への見直しが進む
- そのために、産学協同での取り組みやエンジニアリングの研究開発における政府支援策が強化される
- 日本においては、経済産業省が次世代の国家事業として国内半導体産業の復活に取り組むが、日本国内に留めず、海外のアカデミア、研究者や起業家等との連携が必須だと考える
- そしてハードに限らず、IoTやEdge Computingなど、高度なアルゴリズムを必要とするソフトウェアの開発力強化、または優秀な人材を抱える世界中の企業とのパートナーシップ構築が不可欠となる
参考文献